聞こえなくても繋がっていたい

※今回の投稿は10月の展示に出品する「ZINE」用の脚本です。

 本番の主役は「ハリフラワー」です。

 大まかな内容はこんな感じです。



【聞こえなくても繋がっていたい】

私には出来ないことが多かった。


言葉も分からないから、

しゃべれない。


分かる言葉があっても、

自分の声と周りの音の聞き分けが出来ないから、

しゃべれない。


自分の声と周りの音が聞き分けられても、

周りの音と他人の声が聞き分けられないから、

しゃべれない。


周りの音と他人の声の聞き分けが出来て、

ようやくしゃべれる。


でも、言葉を知らないからしゃべれない。

だから、勉強は私にとって希望で魔法だった。


人と話すだけで長い道のりだ。


話せるようになった時は

道が開けたように感じたが、

ほんの一瞬だった。

やっと、人並みになっただけだったんだ。


めげずに次は、音をたくさん覚えることを始めた。


重い・軽い音、柔らかい・固い音、細い・太い音…


どんなモノがどんな音を出すのか覚えないと

音の方向が分からないから、

音を覚えて目でどこに何があるか確認して、

音の方向を予測する。


そうやって生きてきたら、

覚える癖がついて、

映像と一緒に音も覚えた。


覚え続けるのって大変。

すぐ忘れちゃう。

だから、ひとつひとつの音に思い出や意味を添えて記憶に刻んでいった。

そうやって覚えていった音たちは、

私の中ではとても大切で、

だから私は自然と声を覚えた人に対しては敬意を払うようになった。



【数字よりも感情を】

世間では順位が全て。

でも、そういう数字には興味が持てなくて、

代わりに人の考え方に興味を持った。


今考えると、

人の考え方に触れれば聞こえが良くなると希望を抱いていた。

実際その通りだった。


だからか、友人も感情表現が豊かな人を好んでいた。

私は、誰よりも声を聞きたかったんだ。


いくらテストの点数が良くても

功績をたたえられても

お金がいくらあったって


聞こえは良くならない


私はただ音が聞きたくて

音と一緒に生き続けたくて


あがいた。



【聞こえなくなる日】

これからの人生、

まだまだ長いけど、

いつか耳は聞こえなくなる。


聞こえなくなっても、

何かが残るような生き方をしたい。


そのために「言葉」以外に表現できるものを欲した。

私にとって「言葉」の代わりが「美術」だった。


いつか聞こえなくなる日がくるから。

私は、聞こえなくなっても私らしくいるために

表現することをやめない。


だからもっと作らなきゃ…

私は私をもっと知らなくちゃいけない。


mizuna

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