会話ができる≠聞こえる

片耳難聴で困ることは、

会話ができるから聞こえている、

困っていないと思われることだと思います。


私は左耳が聞こえないですが、

会話もできますし、正社員として働けています。

学校にも普通に通い、受験も健聴者と同じ条件で受け、

友達とも普通に遊んでいます。


だから困っていないと、よく誤解されますが

心の中は不便で神経をすり減らす毎日です。

そんな生活が生まれた時からなので、

今はさほど苦には感じていません。


理解されないと分かっていても、

誰かに分かって欲しいから、伝えてみる。

でも、会話が成立しているから深くは知ってもらえない。

言葉で伝えれば伝えるほど、伝える練習をすればするほど

「聞こえる人」というくくりに入れられてしまうジレンマ。


聞こえを補う為に必死に言葉を覚えましたが、

言葉が上手くなればなるほど私が困っていることは理解されなくなる。


だから、本当に耳が聞こえないのか疑われたりして、

「聞こえてるじゃん」

「そんな目立ちたいの」

と言われてしまうのだと思います。

その人たちが悪いというよりは、知らないだけだと割り切るようにしています。



このジレンマから逃げたくて、いつしか耳のことは伝えなくなりました。

(受験前、自動車免許取得前、就活時には伝えていました。

必要最低限度の場合のみ伝えていました。)


そんな中でも私に寄り添ってくれる人がいます。

私を形成している性格のうちの一つに片耳難聴があって、

私という人間を理解しようとしてくれる人たちです。


その人たちの大切さに気付けるから、

万人に自分の耳のことを理解されなくてもいいと思えています。


理解されないからとふてくされて、

大切な人を傷つけないように生きられたら

私の中で上出来です。


とはいっても、

耳のことを全て分かって欲しいと思うこともありますが。


今回は

思ったことを書きなぐったので

よく分からない部分もあったと思いますが、

最後まで読んで頂きありがとうございました!



mizuna

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